USAスポーツレポート第2弾として、ジュニア指導者クリニック(日本SAQ協会主催)のために来日した、日本SAQ協会テクニカルアドバイザーのスコット・フェルプス氏に、アメリカの小中学生における学校体育の現状について伺いました。現在フェルプス氏は、中学・高校生を対象にトレーニング指導を行っており、ジュニア期の選手を指導する際のポイントについてもお話しをしていただきました。

アメリカの学校体育

スポーツ先進国アメリカには、様々な競技のプロリーグが存在し、多くの選手がオリンピックなどの世界大会で活躍しています。スポーツがひとつの大きな文化として成り立っているアメリカでは、学校体育の内容や設備など、とても充実しているイメージがあります。しかし、フェルプス氏の話によると、アメリカでも子どもの運動量、体力の低下が問題視されており、特に学校体育においては多くの課題があるようです。

環境
州がまるでひとつの国のように機能しているアメリカでは、それぞれの州や地域、学区の財政によって、学校体育への取り組みや設備等に大きな違いがあります。日本では当たり前のようにある体育館もアメリカの公立小学校には存在しないことさえあるのです。予算が少ない学区では、設備投資も少なく、保護者や企業からの出資によってグラウンドの設備が整えられている学校もあります。

授業方針
日本では文部科学省の学習指導要領によって、授業方針や内容が決められています。しかし、アメリカでは日本のように明確な方針はなく、学校によって違いがあります。体育に力を注ぐ学校もあれば、そうでない学校もあるため、住んでいる学区によって子どもたちの体力には大きな差が生じています。フェルプス氏の住んでいる学区では、学校体育にかける予算が削減されており、今後ますます学校体育の質の低下が危ぶまれているそうです。

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アメリカの中でも体育に力を入れている州のひとつとしてイリノイ州(アメリカ中西部)が挙げられます。ここでは、小中学校において体育の授業が毎日義務づけられています。(イリノイ州教育委員会ウェブサイトより参照)一方、カリフォルニア州(アメリカ南西部)では、財政難のために、学校体育にかけられる予算が削減されており、体育の授業がない学校も多いようです。

指導者
学区による学校体育への取り組み方の差は、体育の先生のモチベーションや指導内容、指導力にも影響を及ぼしています。中には、体育の時間は子どもたちを外で遊ばせるだけという先生がいたり、小学生に対して行う内容を中学生にさせていたりと、決して優れた指導者ばかりではないということです。また、根本的な指導者不足の問題は、学校体育に限らず、クラブスポーツにおいても深刻であり、ボランティアで活動している指導者や、選手の保護者がコーチを務めているクラブも少なくないようです。
また、フェルプス氏も指導者育成の一環として、指導者向けの講習会を企画しているそうですが、指導者自身のモチベーションが低く、無料の講習会であっても参加者を募ることが難しいとのことでした。

一方、学校体育が進んでいない学区で、クラブスポーツが盛んに行われているケースもあります。ディスパッチ4月号でも紹介したアメリカ特有の「スポーツシーズン制」のおかげで、複数のクラブを掛け持ちすることができ、一年を通して様々なスポーツを行っている子どもたちもいます。プロで活躍している選手に憧れ、子どもたちが自ら進んで興味があるスポーツを行っているそうです。

指導者に必要なこと

子どもたちを取り巻く環境が安定しない中で、やはり重要になるのが指導者の存在だと感じます。フェルプス氏は、今回のジュニア指導者クリニックの中で、指導者が行うべきことを「正しい部分をしっかり伸ばして、悪い(ムダな)部分を取り除く」ということをキーワードとして挙げました。ウォーミングアップの短い時間でも、正しい姿勢や身体の使い方を意識させるなど、練習の中で起こるほんの小さなムダを無くしていくことが重要だと言います。また、選手に対してどのような「伝え方」をするかもとても重要です。多くの情報を一度に全部伝えてしまうと選手は混乱してしまいます。指導しなければいけないポイントがたくさんあったとしても、その時に一番必要な情報を的確に伝えていくための、見極めと我慢が必要です。指導者として、正しい知識を持ち、正しい伝え方を学ぶこと、そしてしっかりと選手と向き合うことが大切だとおっしゃっていました。

9月の始めから高校のアメリカンフットボールのシーズンがスタートしています。フェルプス氏のチームは、昨シーズンはあと一歩のところで惜しくもチャンピオンシップゲームへの進出を逃してしまいましたが、今年こそ上位大会への進出、そして優勝を目指して日々トレーニングに励んでいるそうです。このディスパッチを通して、アメリカで人気のスポーツやアメリカの学生がどんなトレーニングを行っているのか今後もどんどんお伝えしていきたいと思います。


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スコット・フェルプス
スピードクエスト社代表
日本SAQ協会テクニカルアドバイザー

現役時代は白人最速のスプリンターとして活躍。故障を原因にトレーニングコーチに転身。
NBAやNFLなどのトップアスリートのスピードトレーニングコーチとして活躍し、現在は高校生や中学生などのジュニアアスリートの育成に尽力している。