大人数を指導する時に、一人一人の選手を正しく評価して、個別にアドバイスをする時間や余裕は、なかなか作れるものではありません。また、同じチーム内でも選手の運動能力に差があり、できる選手とできない選手のどちらに合わせたトレーニングを行うべきか悩むこともあるのではないでしょうか。今回は、SAQシンポジウムのために来日した、スコット・フェルプス氏とジェームス・ラドクリフ氏から、チームスポーツを指導する中で、どのようにトレーニングを実践し、選手に取り組ませているのかを伺いました。

フェルプス氏が指導するチーム

フェルプス氏が指導する高校アメリカンフットボールのチームには約40名の選手が所属しており、9月〜12月のシーズンに合わせてトレーニングを行っています。一年中をアメリカンフットボールの練習に費やすのではなく、オフシーズンは陸上競技や野球など、さまざまなスポーツを行っており、シーズンが始まる約1ケ月前の8月半ばから実際にチームとしてスタートします。
初めにフィジカルテストを行い、基礎体力やフォームのチェックを行います。オフシーズン中にトレーニングをしていない選手や、他のスポーツの練習でケガをしていたり、走り方が悪くなっている選手もいます。そのため、初めの1週間は、防具やボールもほとんど使わずにスピードトレーニングやアジリティ(特に方向転換)などのトレーニングを行い、正しい動作スキルを身につけることから始めるそうです。

アシスタントコーチの存在

一つのスポーツの中でも、ポジションや戦術によって走る方向や距離、方向転換の角度などは異なります。チームにはポジション別にアシスタントコーチがおり、トレーニングのサポートをしています。大人数をポジションやチーム内での役割によって小さいグループに分けることで1グループあたりの人数を少なくすることができ、より競技やポジションに特化したトレーニングができます。
このアシスタントコーチにもトレーニングの目的や正しい動作、運動生理学やバイオメカニクスなど、指導する上で基本的なことを理解してもらうところから始めます。戦術面だけでなくトレーニングの知識をもったアシスタントコーチを育てることも大人数を指導する上では重要なポイントではないでしょうか。

基礎を大切にする

フェルプス氏が現在のチームを成功に導いた一つの要因は、ウォーミングアップでの姿勢と足の接地を徹底的に見直したところにあります。「指導人数が多くなるからこそ姿勢や走り方などの基礎を重要にしなければならない」と同氏は強く語ります。基礎となるトレーニングドリルは、基本的には全体指導が中心となり、上級生も下級生も全員が同じドリルを行います。特に、走ったり方向転換をする動作は基本となるので、正しい動作が身につくように反復して行っています。
ドリルが正しくできていない選手がいたら、できない原因を探し、できるようにするための練習を積み重ねます。しかし、決して選手を名指しで注意するようなことはせず、一人の選手ができていない部分を全員に指導し反復して行わせます。そうすることで、能力が高い選手は正しい動作を反復して行うことになり、スキルに磨きがかかります。能力が低い選手にとっては、周りの選手をお手本にしながらドリルを行うことができるので、双方に良い効果があるとのことでした。
また、正しくできていない選手に対して、「どのようにすればできるのか」、「どんなメニューが必要なのか」を考えることも指導者にとっては大切であり、練習のマンネリ化を防ぐためにも大切なことです。

ラドクリフ氏が指導するチーム

ラドクリフ氏がストレングスコーチを務めるアメリカンフットボール部には約120名の選手がおり、他の競技も含めると、1日に200名ほどの選手のトレーニングに携わっています。しかし、学生は授業や練習の合間を縫ってトレーニングを行うため、時間帯を分けて1グループ20〜30名程で指導が行われます。また、ラドクリフ氏のチームにもポジション別にアシスタントコーチがいて、選手の情報やトレーニングの目的を共有しています。選手もトレーニングの目的やコンセプトを理解してくれているので、熱心に打ち込んでいるそうです。

選手への言葉がけ

lift選手がイメージしやすい言葉や意識しやすい言葉を使うことも重要です。例えば、「姿勢を良くしなさい」と選手に言っても、選手それぞれに良い姿勢の考え方があるようで、なかなか望むような姿勢になりません。そこで体幹にしっかりと力を入れるようなイメージを持たせるために、「Lift」という言葉を使います。「Lift」と言われたらこういう姿勢を作るということを教えることで、トレーニングのポイントを伝えやすくなるそうです。

トレーニングを行う目的を明確にする

ラドクリフ氏は、SAQシンポジウムの講演の中でも、「トレーニングを行う前に『なぜトレーニングをするのか』をはっきりとさせることが重要である」と語りました。常にこれを自分自身に問いかけながら指導をすることで、一貫したコンセプトでトレーニングができると言います。両氏に共通しているのは、「何を行うか」ではなく「なぜ行うか」を大切にしていることでしょう。「トレーニングをさせることが重要なのか、それともトレーニングを正しいスキルで行うことが重要なのか」をコーチ自身がしっかりと理解しておかなければなりません。


scottスコット・フェルプス
スピードクエスト社代表/日本SAQ協会テクニカルアドバイザー

現役時代は白人最速のスプリンターとして活躍。これまでに、メジャーリーグやNBAなど多くのトッププロチームのスピードトレーニングに携わる。現在は、高校のアメリカンフットボール部のヘッドコーチを務め、連敗続きのチームを州のチャンピオンシップゲームに導くまで成長させた。


jamesジェームス・ラドクリフ
オレゴン大学ヘッドストレングス&コンディショニングコーチ

全米屈指のスポーツ強豪校オレゴン大学にて30年に渡りトレーニングコーチとして在籍し、主にアメリカンフットボール、陸上競技、野球のトレーニング指導に携わる。アメリカンフットボール部は2014年シーズンに全米チャンピオンシップゲームに出場、男子陸上競技部においては2014年シーズン優勝と輝かしい成績を収める。