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第8回 見えない「こころ」にものさしを −その2 セルフ・モニタリング−

国立スポーツ科学センター 菅生 貴之

1.「セルフコントロール」。でもその前に「セルフモニタリング」

メンタルトレーニングが目指すものは、自分で自分のこころを整える、いわゆる「セルフコントロール」ですよ、というお話は以前にもしたことがあると思います。試合場面でおこるいろいろな状況の変化と、その変化に対応したこころの動きを、自分でコントロールしていかなくてはならないのは言うまでもありません。
でも、その前にもっと大事なことがあります。それは、コントロールする「こころ」そのものをしっかりと観察することです。
例えば車の運転をしているとしましょう。これから長いドライブに出かけます。まずあなたは行先を確認しますね。そのあとは道路の状況はどうかな?天気はどうかな?車のエンジンオイルは大丈夫かな?自分は寝不足ではないかな?と確認してから出発します。道の中では道路状況や時間などを見ながら、早くたどり着くためにいろいろと考えながら道を選んでいきますね。いろいろな状況を知った上で、自分にとって一番よい道のりや方法を考え出すわけです。
こころの変化も同様です。まずは自分のこころの状態がどのようになっているのかをいろいろな観点から見つめてあげなくては、こころをコントロールすることなどできないのです。
試合や練習のときのこころの状態を自分で見つめることを「セルフモニタリング」といったりします。自分のこころをコントロールする以上に難しい作業です。自分が今、「緊張しているなあ」とか、「不安だな」とか、あるいは「気持ちがのりすぎているな」とか。そんなふうにまるで他人が見つめているように自分のこころを見つめることができますか?

2.こころのものさしってどんなもの?

「セルフモニタリング」のトレーニングとしては前回お話した「練習日誌」「コンディショニングチェックシート」がとても有効です。そして、セルフモニタリングの能力を高めていくためには何よりもそれを継続することが大事、と言うことも前回お話ししました。でも、こころって目に見えない、数字に表れてこない、とても厄介なものですよね。
例えば練習日誌に「こころのエネルギー」をつけていくとしましょう。「こころのエネルギー」。何となくイメージがつかめますか?
例えば朝起きた時、何だか色々なことにやる気が起きない時がありますよね。逆に今日はいろいろとチャレンジしてみよう!という気持ちになるときもあります。まずはそれを「エネルギー」の多い、少ない、という見方をしてみます。何か量を示すようなものをイメージしてみるとわかりやすいでしょう。例えば・・・

(1) 車の燃料メーター
「今日はこころのエネルギーが満タンだな!」

(2) ガスコンロ
「今日の練習では追い込むから、こころも「強火」で行こう!」

(3) ふうせん
「こころもいっぱいにふくらまして、この一本に集中していくぞ!」

(4) 猫
「今日は緊張して毛が逆立っているよ」 「今日はリラックスしてすやすや眠っているよ」

 

さて、皆さんに合うものがありましたか?もしくは今すでに同じような「ものさし」を使っていたりしませんか?日誌に数字をつけていく時に、このようなイメージをつなげてみましょう。ここで大事なのは、こころという見えないものに、何らかのイメージをつけてあげることです。特に何か目に見えるものに置きかえてあげるとよいですね。

3.自分のこころを一番示すものは何?

これまでこころの観察の仕方についていろいろとお話をしてきました。そしてもう一つ問題になるのが、こころのどの部分を見つめていくのか、ということです。
これまでもお話してきたように、こころにはいろんな側面がありますね。こころのエネルギーやリラックス、集中や緊張感などなど・・・。
こころのコンディションを日々チェックしていくのに、皆さんにとって最もぴったりくるこころのものさしはどれでしょうか?一つですか?二つですか?それとも・・・?
自分のこころの変化を見ていくのには、やはりいくつかのものさしで見つめていかないと難しいですね。こころの元気さも大事ですが、一方でリラックスして気持ちをダラーーっと抜いてしまうことも時にはとても大事だったりします。一つのものさしだけで見ていると、こころの見方が限られてしまうので、大事な側面を見そこなってしまうことがあるのです。
とはいえ、前回もお話したように、とにかくたくさんのものさしを持てばよいということでは決してありません。あまり多くのものさしを持っていると逆に混乱してしまうし、何よりも継続して続けていくのが面倒くさくなってしまったりします。自分のこころの変化をしっかりと示してくれるもの、自分の中で特に変化の大きいものを探して、自分なりのこころのものさしをしっかりと選ばなくてはいけません。あなたのこころを一番単純に、わかりやすく表現してくれるのはどんな感情でしょうか?うきうき、ワクワクして、活気にあふれている自分がベストですか?それともじっくりと落ち着きはらっていて、不安がまったくない自分がベストですか?

理想的には一つの尺度で自分のこころのコンディションを測れることです。でも、最初はいろいろな観点から自分を見るトレーニングが必要なので、いくつかの尺度を持ってチェックしていくことが大事なのです。
前回お話した、コンディションチェックシートが役に立ちそうですね。

 

第1回 メンタルトレーニングとスポーツ心理学
第2回 メンタルトレーニング事始め
第3回 自分を知ろう −その1 心理検査で自分を知る−
第4回 自分を知ろう −その2 「ゾーン」とは?−
第5回 自分を知ろう −その3 ピークパフォーマンスを振り返る(試合編)−
第6回 自分を知ろう −その4 ピークパフォーマンスを振り返る(練習編)−
第7回 自分を知ろう −その5 自分の「ゾーン」を知る−
第8回 見えない「こころ」にものさしを −その1 練習日誌−
第9回 見えない「こころ」にものさしを −その2 セルフ・モニタリング−


<参考文献>

  • スポーツメンタルトレーニング教本 改訂増補版
       大修館書店、2005年