アメリカには数多くのプロスポーツリーグが存在し、選手がトレーニングを行う施設や環境はとても充実しています。トップクラスの選手になると、トレーニング、食事、ケア、心理面などあらゆる分野のサポートが受けられ、ウェアやシューズなど身の回りのものほとんどすべてをスポンサーが提供していることも珍しくありません。
このような選手はチームから支払われる年俸の他に、数社の企業とスポンサー契約を結ぶことで、年収が50億円を超えることもあり、アメリカのプロスポーツ界でもいわゆる「アメリカン・ドリーム」という言葉が当てはまるでしょう。そんなアメリカのプロスポーツ界で活躍する選手たち、またはプロを目指す選手たちはどのようなトレーニングを行っているのでしょうか。

今回は、1月に開催されたSAQシンポジウムのために初来日を果たしたヴァーノン・ボイド氏とショーン・ヴァス氏にお話を伺いました。両氏は、アメリカの首都ワシントンD.C.を拠点にトレーニング施設を経営しており、ジュニアアスリートからプロスポーツ選手まで幅広い年代・競技レベルの選手に携わっています。
普段はジュニアアスリートに関わることが多いのですが、プロスポーツのオフシーズンや、NFL※1やNBA※2のスカウティング・コンバイン※3の時期には、数多くのプロスポーツ選手またはプロを目指す選手のトレーニングを手がけています。今回は、アメリカでも高い人気を誇るバスケットボールの指導現場ついてご紹介します。

※1 National Football League アメリカプロアメリカンフットボールリーグ
※2 National Basketball Association アメリカプロバスケットボールリーグ
※3 ドラフト候補選手が集う身体測定会のことで、走力や跳力、アジリティ能力などの身体能力テストやコーチ陣との面接、心理テストなど心身ともにプロスポーツ選手としてふさわしいかを判断される。

プロスポーツ選手を指導する現場

両氏は、NBAが全米各地からエリート高校生を集めて開催するトップ100キャンプのコンディショニングコーチとして10年以上関わっています。キャンプには、将来の有望選手が多数参加しており、現在NBAで活躍する数多くのスター選手も高校生時代は彼らとトレーニングを行っていたようです。
4〜5日間行われるキャンプの中で、スキル面よりもプリパレーションタイムやスピード、アジリティなどのバスケットボールに必要な身体作りの指導を担当しています。2mを超える恵まれた体格を持つ選手、175cmくらいの身長でもダンクシュートができる選手など、素晴らしい身体能力と技術を兼ね備えた高校生が多数いるそうです。
すでに高い能力を持つ選手たちにボイド氏、ヴァス氏はどのようなトレーニングを行っているのでしょうか。エリート選手たちがさらに高いレベルに進むためのポイントなどを伺ってみました。

基本が大切

現在NBAでプレーしている選手を指導したとき、走り方やサイドステップの動きの悪さに愕然としたことがあるそうです。腕振りや接地ができておらず、サイドステップは踵からベタッと地面に着き、すべてブレーキ動作になっていました。「なぜ彼はNBA選手になれたんだ? コーチは彼に何を教えたんだ?」とショックを受けたそうです。
その後、数分のトレーニングで彼の動きは改善され、その選手も、「これまでこんな動き方を教わったことがなかった」と自身の変化を感じ取ったそうです。NBAのような高いレベルでプレーする選手でも基本的な動作ができていないという現状に驚いたとのことでした。
両氏のトレーニングは、プロでもアマチュアでも、選手の競技レベルに関わらず、常に基本的なことから始まります。姿勢や目線、パワーポジションや走る時の腕振りなど、パフォーマンスに必要な土台や正しいフォームを習得することがカギであり、選手が正しいトレーニングテクニックを身につけることが大切であるとのことでした。
両氏は「正しいテクニックを身につけること、トレーニングを最大限にパフォーマンスへ還元することが重要である」と語ります。これは、以前のディスパッチでスコット・フェルプス氏がお話しされたことと同じです(ディスパッチVol.102 2015年10月号参照)。
トレーニングによる身体の適応が、実際の競技パフォーマンスで発揮されているかを評価することが重要であり、「筋力トレーニングを行ったから、トレーニング器具を使ったから、きっと何か良くなっているだろう」ではなく、それらのトレーニングが、目標とするパフォーマンスと関連しているのかを評価することを忘れてはならないと話していただきました。

プロスポーツ選手に必要なこと

プロを目指す選手について、「“プロになること”がゴールではなく、“プロであり続ける努力”をしなければいけない」と両氏は言います。
「高い身体能力や恵まれた体格を持っていても、プロの世界はそんな選手の集まり。その中で数十年もプレーし続けるためには、ケガをしない身体作りやセルフケアなど、技術面だけではなく、自分の身体のことにも気を使う必要がある。」「高いレベルでプレーするからこそ、筋力やバランス、スピード、アジリティなどスポーツの基礎となる要素がとても重要であり、その基礎の質やトレーニングの質を高めなければいけない。」と語っていただきました。
両氏とも、トレーニング指導をする時には、ただ多くのメニューをこなすだけではなく、ポイントや正しいフォームの注意点などを選手に理解させることに重点を置いているそうです。


今回、プロスポーツ選手のトレーニングについてお話を伺いましたが、プロでもアマチュアでも、基本的なことを大事にしてトレーニングすることがわかりました。しかし、プロスポーツ選手やプロを目指すために高いレベルでプレーする選手たちは、私たちが想像もつかないほどの汗を流しており、人生を賭けてスポーツと向き合っています。一つ一つのトレーニングでも、正しいフォームや意識、姿勢の違いが大きな差を生むのではないでしょうか。


ヴァーノン・ボイド(左)ショーン・ヴァス(右)SPG Xtreme 共同代表

boydvass
米首都ワシントンD.C.を拠点に活動するトレーニングコーチ。スピードトレーニング専門の施設を持ち、プロ選手からジュニア選手まで幅広く指導している。これまでにNBA、NFL、MLB、イングランド・プレミアリーグなど200名を超えるプロアスリートのトレーニングに携わり、NBA選手協会、リバプールFCアカデミーのスピードコーチとして活躍した経歴も持つ。