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朝原 宣治 (あさはら・のぶはる) 大阪ガス
1972年生まれ。兵庫県出身。
陸上100mアジア・日本記録保持者(97年当時)

2009年1月24日の第15回SAQシンポジウムのチャリティー講演者としてご出席いただきました。
当日の様子はこちらをご覧ください >> (日本SAQ協会のサイトにとびます)


■外人だからどうやねん、という気持ちで


陸上の100m、走幅跳で活躍の朝原宣治選手。学生時代からその素質と実力は高く評価されていたが、ドイツにわたってアルフレッド・ラップコーチの指導を受けてからさらに記録を伸ばし、97年7月には100mで10秒08のアジア・日本新記録を樹立している。幅跳びでもメダルが夢ではないとされる朝原選手の、トレーニングに対する姿勢とは・・・。競技にかける意欲、トレーニングに対する意識ついて語っていただく。

−もともとが海外志向の考えだった、遠征の経験でさらに憧れが増した

ドイツでトレーニングをすることに決めたのは、直接的には知り合いにコーチを紹介されたりということがありましたが、もともと外国でトレーニングしてみたいということがあったからです。陸上うんぬんの前に、僕はもともと海外志向が強かったんです。小学校の作文でも、「英語の通訳になって外国に行きたい」なんて書いていましたから。それで、外国に行けて、そのうえ本格的な陸上のトレーニングができるなら一石二鳥だなと。
もちろん、ヨーロッパのトレーニング環境がすばらしいものであることは重要な要素でした。大学生の時に強化選手としてヨーロッパ遠征に連れて行ってもらって、日本とは全然違う環境が鮮烈に印象に残っていましたから。「こんなところでトレーニングできたらなぁ。いつかは来たいなぁ」とずっと思ってました。
日本人でヨーロッパでトレーニングした人は前にもいたようです。しかし、これまでは思うようにその効果が上がらなかったと聞いています。これにはいろいろな原因があるのでしょうけれど−。たとえば、コーチとの相性などというのも大きな要素だと思います。幸い、僕が指導を受けるラップさんは、僕といろいろなサイクルというかフィーリングが合うようです。まあ、そういう出会いの幸運のようなものもありますが、とにかく「ダメな時は日本でもドイツでも同じ」という気持ちでチャレンジャー精神で行ったわけです。

−コーチの指示は技術的なものだけ、コンディショニングは全て自己管理

ドイツでのラップさんの指導は、技術的なことだけといってもいいです。しかも、想像以上に感覚的ですね。でも、その辺が僕と合っている感じはします。技術以外の部分は、ほとんどノータッチです。つまり、筋トレがどうだとか、食事がどうだとか、心構えはこうだとか、ラップさんはほとんど何も言いません。トラックの上で彼の指導通り動ければ問題ないわけです。裏返せば、コンディショニングについては自分がしっかりしていなければなりません。僕は今でこそ、自炊をして栄養面に気を配り、基礎トレーニングもしっかりしていますが、そういう「走り」以外の部分にエネルギーを注ぐようになったのは大学3年になってからです。「体軸」などという概念を教わってから、まず歩き方に気をつけるようになりました。ウェイトトレーニングも、大学に入ってから、先輩がやっているからというだけで、見よう見真似でやったわけです。これも理論的な背景はほとんどなしでした。ただバーベルを挙げていたという感じです。
ドイツでは体幹を十分に強化することが全てのベースになっています。膝の周囲とか足首とか、部分部分のトレーニングが十分になされてから、全身を使ってのメイントレーニングに入る形が基本です。日本で僕は、スプリントドリルをメイントレーニングのように位置付けていましたが、ラップさんはそれをウォームアップとして使います。初めのうち、スプリントドリルがアップと言われても結構それだけで消耗してしまうわけです。正しい走りのフォームができておらず、また必要な部分に必要な力がついていないために、動き自体にずいぶんムダがあったのでしょう。
もちろん、今では僕も走りのテクニック以外のコンディショニングの重要性は十分に理解していますから、歩く姿勢を気をつけることから始まって、ウェイトトレーニングなどもしっかり行っています。高校、大学と、こうした部分にはほとんどエネルギーを使いませんでしたから、今となっては「高校からしっかりやっていればなぁ」と感じています。

−自分の中でそしゃくすることが大事、言われるがままでは伸びないと思う

正直に言って、僕は高校時代も大学時代も、「いかに楽して強くなるか」ということばかり考えていた気がします。しかし、そんな方法は絶対存在しないわけです。十分なトレーニングをしなければトップにはなれませんし、トップの選手はトップになるにふさわしいトレーニングをこなしています。ただ勘違いしないでほしいのは、単純に量をたくさんこなしているということではないことです。質の良いことを効率良く、ムダなくやっているのです。ムダが多いのはダメです。学生の皆さんも、そういう視点で取り組んでいただきたいと思います。
しかし実際には、指導者に恵まれない学生も多いでしょう。そうなると、どうしても自分で判断して自分で実行していかねばならなくなる。でも、仮にそういう手探りの方法でも、そのトレーニングが自分の体にどういう変化を与えたかを冷静に見ていけば、その後、取り入れていくべきかそうでないのかが判断できると思います。
要は、自分自身が自分の頭で常に「考える」ことです。人の言われるままに動き、人のマネをして動いているうちは、自分自身を向上させることはできません。僕も、ラップさんの言うことを鵜呑みに実行しているわけではありません。自分で納得できないものは取り入れません。ただし、そういう自分の判断が間違っている場合もあるわけです。そういう時にすばやく、素直に修正する柔軟性も大事です。僕はずっと一人でトレーニングをしてきたので、自分で考えるクセがついています。学生時代から、自分の頭で考えて動く人間であるよう心がけてほしいと思います。

−何事も一人で解決する環境、だから気持ちでは負けなくなる

ドイツで競技会を転戦していると、そこには日本人は僕一人、などということは珍しくありません。生活自体が一人暮らしですし、日本語が通 じない中で、大げさに言えば、あらゆることを自分一人で解決しなければならないわけです。精神的に弱くては、とてもやっていけません。
僕も、以前は世界のトップランナーと同じトラックに立って、気後れしそうな時もありました。しかし今では「外人だからどうやねん」という感じです。自立して暮らし、考えてトレーニングしていくうちに、自然に精神的強さも養われたのかもしれません。 また、いい記録が出始めると、良い意味でも悪い意味でも騒がれ、マスコミに取り上げられる機会が増えます。記録が悪かったりすると、いろいろ言われたりします。しかし、こういうことに対しても、「人の言うことをいちいち気にしてたらキリがない」という考えになりました。
今はシドニーオリンピックで、100mの決勝進出、走幅跳のメダル獲得を最大の目標にしています。僕に続く世代からも、どんどん国際的な選手が育ってほしいと思っています。