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第8回 見えない「こころ」にものさしを −その1 練習日誌−

国立スポーツ科学センター 菅生 貴之

1.自分のこころを見つめるために

試合に勝つためにはこころをコントロールしなくては勝てない、これはだいぶわかってきましたね。そしてそのためには「試合に勝てるこころの状態」を知らなくてはいけないことも学びました。さて、ここでもう一度あの図の登場です。

よかったときのこころの状態を振り返ってみると「ゾーン」に入っているのでしたよね。そしてそれをいろんな面から見つめてきました。例えば「緊張」であったり「集中」であったりしましたね。
ところで、実際にたった今の自分のこころの状態はどのような状態でしょうか?これから練習に臨むとしましょう。今の自分のこころは、逆U字仮説の中のどこにいるでしょうか・・・?理想の状態を知ったら、次は自分がどこにいるかを確認しなくてはいけませんね。
ゾーンよりも低い状態を「さがり」の状態といい、逆にゾーンよりも高い状態を「あがり」といったりします。これは前にも説明しましたね。さて、今自分は「あがって」いるのかな?「さがって」いるのかな・・・?
とはいえこころは何かの機械を使って「あがっています」というように数字で示してくれるようなものではありませんね。そんな機械があったら私も使ってみたいものです。でも、残念ながらそういう機械はまだ発明されていないので、自分で自分のこころをチェックしないといけないみたいですね。

2.練習日誌をつけていますか?

それではこころを観察するトレーニングについてお話しましょう。
皆さんは日々の練習やトレーニングの内容などを記録していく「練習日誌」をつけていますか?例えば今日やった練習について、あれこれと記録を取っている方はけっこういらっしゃるのではないでしょうか?「今日の○回目の試技は●●というところがすごくうまくできた」など、身体の感覚的なところは覚えておこうといろいろとメモを取られていることと思います。
そのような日誌をつけている皆さんは、その練習日誌をそのまま発展させてみます。特に記録をつけていない、という人には、練習日誌の提案です。まずは簡単なものからはじめてみませんか・・・?

3.日誌に記録するものは何?

「こころ」という目に見えない手ごわいものをつかむには、毎日の観察が欠かせません。日々、「今日のこころのコンディションはすごくいいな!」とか「あれ?今日はちょっと元気が出てこないな」ということを、ただ何となく感じているだけではなく、しっかりと把握する必要があります。そこで練習日誌を有効に使おうということです。
例えばこんな形・・・。(図1)
この「コンディションチェックシート」の特徴は、練習状況の確認や体調のチェック、自由に書き込めるスペースと一緒に、「こころのコンディション」をチェックする欄がもうけられていることです。ここでは6つの尺度がならんでいますね。顔の絵が書いてあるので、少しこころの状態をイメージしやすいでしょうか?
それぞれのこころの状態がどのくらいの高さだったのかな?と一日ごとに振り返ります。例えば試合などですごく緊張していたら、一番左の「きんちょう・そわそわ・しんぱい」の数字が一番高い「5」になるわけです。逆に今日はお休み、という日の夜には「つかれた・ぐったり」が一番低い「1」になっていたいですよね。


図1 コンディションチェックシート

4.毎日つけて、振り返ろう!

ここでもう一度コンディションチェックをやる意味を確認しましょう。
これまで練習日誌をつけていた皆さん。それは練習をしていない、休みの日はつけていなかったという人が多いのでは?でも、ここで紹介するコンディションチェックシートは、こころの状態を観察するトレーニングとして行うものです。だから、これは毎日つけていくことが大事になってきます。
こころは練習しない日も変化をしますよね。お休みの日にしっかりと休養を取れて、気分がすっきりとしているかどうか、というのは次の日の練習につながってくるものです。「ちゃんと休めましたか?」というチェックも練習をちゃんとやるためにはとても重要なのです。
さらにこのコンディションチェックシートには「今日の課題」を一番上に書き込めるようになっています。ここには様々なトレーニングの課題を書きますが、練習をしない日にもちゃんと課題を書かなくてはなりません。
例えば「今日は試験勉強に集中する」とか、「来週の試合に備えて、思いっきり休んで気分をすっきりさせる」など、これらも大事な課題です。練習や試合ばかりが生活の全てではないですよね。勉強をすること、休みを取って友達と遊びに行くこと、これらも全てが皆さんの大事な生活です。これらが充実していると、練習に集中して臨むことができるはずです。
さて、そうして毎日つけたら、一週間くらいで一度「振り返り」をしましょう。例えばこのような形です。(図2)
そうしてこころと身体の関係をグラフに示します。いろんなことを振り返ってみます。「ハードな練習をしているから、この時期は疲れているなあ」とか「この日によく休めたから、そのあとの練習がうまくいっているな」とか、こころと身体、それに練習状況と休みの取り方などがかかわりあっているのが見えてきませんか?

5.めんどうくさい!続かない!どうして・・・?

さて、今回は日々のこころの観察方法についていろいろご紹介しました。でも、こういう練習日誌は自分にあったものを作るのが一番です。今回ご紹介したものがいいなあ、と思ったら同じようなものを使っていただいてももちろん結構です。でも、毎日ちゃんと続けていくのにしてはちょっと項目が多いような気がします。
実は、このチェックシートはいろんな競技の皆さんに使ってほしいと思って、少し項目を多めに設定してあるのです。だから、チェック項目が自分の競技にあわないなと思えば、それを削ってもらって構わないですし、こころのコンディションにしても6つのうちの1つ、2つだけでもよいのです。
すでに練習日誌をつけている人は、そこにこころのコンディションの項目を1つだけでもよいですから加えて、できたら毎日チェックしていくことをおすすめします。
大事なのはしっかりと続けていくこと。それから自分にとって理解しやすいものを選ぶことです。いろいろと欲張りすぎて3日坊主ではトレーニングにはならないですものね。
次回はそうしてトレーニングして作っていく「こころのものさし」のお話をしようと思います。


図2 振り返りシート

 

第1回 メンタルトレーニングとスポーツ心理学
第2回 メンタルトレーニング事始め
第3回 自分を知ろう −その1 心理検査で自分を知る−
第4回 自分を知ろう −その2 「ゾーン」とは?−
第5回 自分を知ろう −その3 ピークパフォーマンスを振り返る(試合編)−
第6回 自分を知ろう −その4 ピークパフォーマンスを振り返る(練習編)−
第7回 自分を知ろう −その5 自分の「ゾーン」を知る−
第8回 見えない「こころ」にものさしを −その1 練習日誌−
第9回 見えない「こころ」にものさしを −その2 セルフ・モニタリング−


<参考文献>

  • スポーツメンタルトレーニング教本 改訂増補版
       大修館書店、2005年