クレーマージャパン クレーマージャパン

第2回 メンタルトレーニング事始め

国立スポーツ科学センター 菅生 貴之

1.スポーツメンタルトレーニングで行うこと

さて、それでは実際のスポーツメンタルトレーニングのお話を始めましょう。
メンタルトレーニング、という言葉はずいぶんと世の中に広まっていて、興味を持ってくださっている選手や指導者の方も大勢いるようです。私のところにもメンタルトレーニングに興味を持った方がよくやってきて、最初に口にするのが「メンタルトレーニングってどんなことをするのですか?」という質問です。
競技スポーツを行ううえで、いろいろな意味で心の面が重要だ、ということは多くの方が感じているようですが、その意味するところは人によってずいぶんと違うことに気づかされます。
たとえば毎日行う地味で苦しい練習環境の中でどうしてもやる気が沸いてこない、という選手と、ものすごく一生懸命練習をしているのに試合ではどうしても実力を発揮できない、という選手ではもともとの問題が違います。もちろん、メンタルトレーニングのやり方もだいぶ異なります。
そのため国立スポーツ科学センターでは、「スポーツカウンセリング」と「スポーツメンタルトレーニング」を、それぞれの専門スタッフを配置して分割して活動を行っています。どう違うのか、という話はまたおいおいするといたしまして、私が扱っているのはスポーツメンタルトレーニングの分野である、ということだけお伝えしておきましょう。

さて、スポーツメンタルトレーニングって何をするの?という質問の答えはわりに明瞭です。主に行うのは、競技力向上のための「心理的スキル(Psychological Skill)」の指導です。スポーツメンタルトレーニングでは競技をしている中での悩みごとの相談あまり行わないで、心理的なスキルを身に付けていただくことを目的としているのです。だからと言って悩みは一切聞きません、ということではありません。私と選手との間に信頼関係が築かれたときには聞かせていただくこともあります。しかしこちら側から積極的に悩みを聞いたりはしないということです。

2.スポーツメンタルトレーニングのプログラム

それではスポーツメンタルトレーニングで指導する心理的スキルと、その流れを大まかに説明しましょう。

(1) 目標設定

多くの方はすでに競技に対して何らかの目標を持っているでしょう。しかし、その目標を実際に言葉にすることができるでしょうか?またいろいろな目標が漠然としていて、いつまでに達成するのか、達成するにはどうしたらいいのか、といったことが明確になっていないかもしれません。
目標の設定は自分の目指す競技レベルや具体的な成績についての目標を明確にして、さらにそれらを一つ一つ達成していけるように順序立てていくことを目的としています。そして目標の実現に向けてやるべきことを明確にし、自覚することが最終的な目標です。

(2) ピークパフォーマンス分析

体のトレーニングをするときには自分の今の力量を知らなければ効果的に行うことはできません。メンタルトレーニングにおいても同様のことがいえます。つまり、自分の心理的な能力がどれほどのものであるのか、もしくは自分が今どのような心理的状態にあるのか、を把握していかなければならないということす。試合のときの状態を知り、書き込み用紙や質問紙を使って振り返り、イメージトレーニングやイメージリハーサルに活用していきます。

(3) リラクセーショントレーニング

競技としてスポーツを行っている以上、過度の緊張状態や競技に対する不安を感じたことがあるでしょう。
リラクセーショントレーニングは競技直前に起こる過緊張や競技不安を軽減するために、緊張感や不安感に対する感じやすさを低減するためのトレーニングです。この練習は技術的な練習と同じようにできるだけ毎日行うことが大切です。
また、単にリラックスのためのテクニックとして利用するほかに、コンディショニング、安眠、食欲の増進、イメージトレーニングの準備など、様々な利用法が考えられます。

(4) イメージトレーニング

スポーツメンタルトレーニング、と聞いて最初に思い浮かべるのはイメージトレーニングではないでしょうか?試合場面についてのイメージを思い浮かべる、といったことは選手の皆さんならば一度はやったことがあるでしょう。
イメージトレーニングは練習や試合場面を想定してその視覚像や筋運動感覚などをできるだけリアルにイメージして、試技の流れや会場の雰囲気などをあらかじめシミュレーションして、競技中のあがりを少なくするための集中力を保つための方法です。また、技術の習得のための補助的な練習にも使います。
イメージトレーニングはリラクセーショントレーニングと密接に関連しあっています。イメージトレーニングを行う時にはリラクセーションのテクニックを用いて、心身ともにリラックスした状態を作り出してからのほうが効果は高いとされています。

(5) 心理的コンディショニング

日常的に練習日誌をつけている選手の方もいらっしゃると思いますが、それも心理的コンディショニングのひとつの方法といえます。この練習日誌を利用して、試合までに心理的状態をピークにもっていくための調整法を習得します。また、なんとなく自覚してきた「気分の波」のようなものを図にして示すことで、こころの状態を自分で理解できるようにします。

このような技法を、これからひとつずつ、事例を交えながら紹介していきたいと思います。スポーツメンタルトレーニングのプログラムはおおむねこのような順序で行うのが理想的ですが、私のところにやってくる選手それぞれに訴える内容が違いますし、試合のスケジュールなど個人的な都合もありますので、このようにきれいにセッションが進むことのほうが少ないのです。それをどうやって並べて、プログラムを作っていくか、というところがメンタルトレーニングの指導者の腕の見せ所でしょうか・・・?

前置きばかり長くて申し訳ありません。
次回からいよいよそれぞれの技法について説明していきます。

 

第1回 メンタルトレーニングとスポーツ心理学
第2回 メンタルトレーニング事始め
第3回 自分を知ろう −その1 心理検査で自分を知る−
第4回 自分を知ろう −その2 「ゾーン」とは?−
第5回 自分を知ろう −その3 ピークパフォーマンスを振り返る(試合編)−
第6回 自分を知ろう −その4 ピークパフォーマンスを振り返る(練習編)−
第7回 自分を知ろう −その5 自分の「ゾーン」を知る−
第8回 見えない「こころ」にものさしを −その1 練習日誌−
第9回 見えない「こころ」にものさしを −その2 セルフ・モニタリング−


<参考文献>

  • 日本人のメンタルトレーニング
       スキージャーナル社、1995年、長田一臣
  • スポーツ心理学概論
       不昧堂、1979年、日本スポーツ心理学会 編
  • スポーツメンタルトレーニング教本
       大修館書店、2002年、日本スポーツ心理学会 編
  • コーチングマニュアル メンタル・トレーニング
       大修館書店、1991年、R・マートン著 猪俣公宏 監訳